電気主任技術者が「安全」を判断する根拠
主要測定値の基準とその意味
電気設備の保安管理において、私たちの電気主任技術者が最も重視するのは、設備の「現在の状態」を正確に把握することです。そのためには、様々な測定を行い、その測定値が「安全な範囲内」にあるかを判断する必要があります。
この「安全な範囲」を示すのが、基準値です。私たちは、単に数値を見るだけでなく、その基準値が何を意味し、どのようなリスクと関連しているかを深く理解した上で、お客様の設備が常に最高の状態で稼働するよう努めています。
ここでは、電気主任技術者が日常的に参照する主要な測定項目とその基準値について、その専門的な意味合いを交えて解説します。
1. 絶縁抵抗測定(メガ測定):感電・火災防止の基本
目的: 電気が漏れていないか(絶縁状態の良否)を確認する、最も基本的な測定です。電線や電気機器の「被覆」が、電気を安全に閉じ込めているかを診断します。
関係法令:
- 電気設備に関する技術基準を定める省令 第58条(絶縁性能)
具体的な基準値:
電路の使用電圧区分 | 絶縁抵抗値の基準値 |
---|---|
300V以下、かつ対地電圧150V以下 | 0.1 MΩ以上 |
300V以下、かつ対地電圧150V超 | 0.2 MΩ以上 |
300Vを超えるもの(高圧設備など) | 0.4 MΩ以上 |
これらの基準値は、最低限守るべき「安全ライン」です。実際には、新設時の設備は1MΩ以上、あるいはそれ以上の高い絶縁抵抗値を示すのが一般的です。もし、基準値をわずかに上回っていても、前回測定時より大幅に低下している、あるいは特定の回路で低下傾向が見られる場合は、「要注意」と判断し、原因調査や改善計画を立てます。これは、症状が出る前の「予防保全」の考え方に基づいています。
2. 接地抵抗測定:感電事故防止の要
目的: 漏電した電気が安全に大地へ逃がされるか(接地工事の信頼性)を確認する測定です。万が一の漏電時、感電事故から人命を守り、機器の損傷を防ぐための「アース」が正しく機能しているかを診断します。
関係法令:
- 電気設備に関する技術基準を定める省令 第10条(電気設備の接地)、第24条(高圧または特別高圧の電路と低圧電路との混触による危険の防止)
- 電気設備の技術基準の解釈 第17条(接地工事の種類と適用)
主な接地種別と基準値:
接地種別 | 測定基準値(一般) | 目的 |
---|---|---|
A種接地 | 10Ω以下 | 高圧機器(変圧器、遮断器など)のフレーム接地。感電防止と、高電圧からの保護が目的。 |
B種接地 | 150/Ig Ω以下 (ただし、5Ω未満を要しない) |
変圧器の低圧側中性点接地。高圧側と低圧側が混触した際に、低圧側に異常電圧が流れるのを防ぐ。($I_{g}$は1線地絡電流) |
C種接地 | 10Ω以下 | 300Vを超える低圧機器のフレーム接地。感電防止が目的。 |
D種接地 | 100Ω以下 | 300V以下の低圧機器のフレーム接地。感電防止が目的。 |
B種接地は、計算式によって基準値が変動するため、系統全体の特性を理解した上で計算し、それに適合しているかを確認します。また、地盤の状況によって接地抵抗は変動するため、季節や天候による変化も考慮し、定期的な測定でその健全性を継続的に評価します。数値が基準値内でも、急激な上昇傾向があれば、接地極の腐食や断線などの兆候と捉え、詳細調査を行うことがあります。
3. 漏れ電流測定(Igr):活線状態での絶縁監視
目的: 稼働中の設備からわずかに漏れている電流(漏れ電流)を測定し、絶縁状態の劣化傾向を把握します。停電させずに診断できるため、日常的な監視に有効です。
関係法令:
- 直接的な数値基準は省令に明記されていませんが、電気設備の技術基準の解釈 第29条(地絡遮断装置の施設)などで、地絡保護の考え方の中で間接的に関連します。業界団体が推奨する管理基準を参考にします。
漏れ電流は、絶縁抵抗とは異なり、微細な絶縁劣化の兆候を捉えることができます。具体的な基準値は設備の特性や環境によって異なりますが、一般的には50mA以上で詳細な調査・改修が必要とされる場合が多いです。重要なのは、絶対値だけでなく、過去のデータとの比較による「増加傾向」です。増加が確認された場合は、停電時の絶縁抵抗測定など、さらに詳細な点検を計画し、事故を未然に防ぐための措置を講じます。
4. 保護継電器の動作試験:電気設備の「脳」の健全性確認
目的: 異常時に電気を遮断する「保護継電器」が、設定された値(整定値)通りに、そして適切な時間で確実に動作するかを試験します。これは、大規模事故を未然に防ぐための最も重要な試験の一つです。
関係法令:
- 電気事業法(第42条:保安規程、第43条:主任技術者)
- 電気設備の技術基準の解釈
- JEC(日本電気技術規格委員会規格)などの各種標準規格
保護継電器の種類(過電流、地絡、不足電圧など)に応じて、専門の二次試験器を用いて、設定された動作電流や動作時間、方向特性などを精密に測定します。試験は、単に動作するかどうかだけでなく、その動作が設計通りに「正確」かつ「迅速」であるかを検証します。
例えば、過電流継電器(OCR)の試験では、設定された電流値で本当に動作するか、そしてその動作時間が許容範囲内にあるかを測定します。わずかな時間差が、事故の拡大や不要な停電につながるため、ミクロン秒単位の精度が求められます。当事務所では、自国防衛設備や官公庁関連の重要施設で培った、高い精度と信頼性を要求される試験技術を、お客様の設備にも適用しています。
5. 熱画像診断(サーモグラフィー):過熱の早期発見
目的: 活線状態のまま、電気機器の接続部やケーブル、ブレーカーなどの発熱箇所を非接触で検知します。
関係法令:
- 直接的な法令基準はありませんが、電気設備の技術基準を定める省令 第5条(異常の発生に対する保護)の趣旨に基づき、異常発熱による事故防止の観点から実施されます。
正常な箇所と比較して異常に発熱している箇所は、接続部の緩みや腐食、あるいは過負荷による発熱の兆候です。具体的な基準値は設備や周囲温度によりますが、経験的には50℃以上、あるいは周囲温度からの温度上昇が著しい場合に「要注意」と判断します。これにより、通電中の設備で「目に見えない異常」を早期に発見し、火災や故障に至る前に対応することができます。
まとめ:数字の裏にある「経験」と「責任」
これらの測定値は、電気設備の「健康診断結果」のようなものです。私たち電気主任技術者は、単に基準値を満たしているかを確認するだけでなく、これらの数字の裏にある設備の「声」を聞き、その変化を読み解く専門家です。
法令遵守はもちろんのこと、長年の経験と最新の知識、そして何よりもお客様の安全への責任感を持って、これらの測定値を分析し、最適な保安管理をご提案いたします。数字が示すリスクを早期に発見し、お客様の事業と財産を守るため、私たちは常に最善を尽くします。
電気設備の測定値に関するご不明な点や、現在の保安管理にご不安がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。